2015年11月2日月曜日

Today’s Report [film]「伝統的世界」と「現代社会」の衝突から生まれる、若い女の悲劇『ガールズ・ハウス』(東京国際映画祭)

『ガールズ・ハウス』
文芸ものからミステリーまで、様々な作品が揃った今年の東京国際映画祭コンペティション部門。結果的には無冠に終わったがぜひ記憶にとどめたい作品が、イランのシャーラム・シャーホセイニ監督による『ガールズ・ハウス』だ。

映画は二人の女子大生が翌日の友人の結婚式に備え、いそいそと買い物をするシーンから始まる。ドキュメンタリーさながらの、友人同士、店員との他愛無いやり とり。買い物に夢中になり、暗くなってから寮に帰宅すると携帯電話が鳴り、結婚式の中止が伝えられる。“花嫁は死んだ”という、匿名のその声。衝撃を受けた二人が翌日彼女の家を尋ねると、父親は沈痛な面持ちで出迎えたが、明らかに何かを隠している。友人にはいったい何が起こったのか。二人は真実を知ろうとするのだが…。

一般的なハリウッド映画であれば、このまま彼女たちが主人公として、真相に迫ってゆく姿が軸となるだろう。しかし本作はここで画面を切り替え、悲しみに暮れる父親、彼が「娘を殺したのではないか」と疑う婚約者、花嫁、そしてその妹へと次々と「主人公」を変えながら、一つの真実に辿り着く。花嫁の死が決して単 純なものではなく、この国における女性のあり方を巡る異なる価値観、あるいは「伝統的世界」と「現代世界」の衝突から生まれた悲劇であることが判明したと き、観客は改めて本作の主人公が「物語に登場する全員」でなければならなかったことに納得が行き、“次なる犠牲者になりうる人物”が大写しされるラストが、苦い余韻をもって脳裏に焼き付くことになる。

監督も「この物語はまだ終わっていない」とコメントしている通り、本作が扱うのは簡単には答えの見つからない、デリケートなテーマだ。戦争のような人類規模の問題に比べれば、それは国際的な関心度という意味ではどうしても二の次になる。だからこそ映画という媒体を通して今、この問題を伝えていかなければ…。そんな監督や作り手たちの思いがこれ以上ないほどストレートに、重みを持って伝わってくる作品である。


2015年10月6日火曜日

Today's Report [Theatre]「壮大なオペラを、1620円で観る。」新国立劇場『ラインの黄金』

『ラインの黄金』撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
新国立劇場中劇場の取材をしていて、同劇場のオペラハウスで『ラインの黄金』が上演間近であることを思いだした。ロベール・ルパージュが演出したMET版(2010年)が今も鮮烈な印象を残す作品だ。新国立劇場には“Z席” という見切れ席が42席ある。そのうち32席については初日間近の指定日にネットで申込み、抽選で当選するとその場でクレジットカードにより、代金を引き落とし。当選者はメールで伝えら れた番号を当日、窓口で見せてチケットを受け取るというシステムだ。(残り10席と抽選販売残席に関しては公演当日にボックスオフィスで販売。オペラと同じくバレエもこのスタイルだが、演劇の場合、抽選ではなく当日窓口に直接赴き、先着順に購入することになっている。)


『ラインの黄金』地底の国ニーベルハイムの場面。4階席からは電飾の「DANGER」(危険)の頭が見切れ、「ANGER」(怒り)の文字のみ読めたが、アルベリヒの心象を示すものとして後者はすこぶる効果的に見えた。撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
申し込んだ日の
19時過ぎ、「当選しました」というメール連絡があった。当日、窓口で受けって初めて分った自分の座席番号は、433番。場内で探すと、列としては実質的には4階の10列目(後ろから2列目)、その左から2番目の席だった。左端が若干見切れ、舞台左右にある字幕ボードは右側のものしか見えないが、そのボードに表示される文字はすべて読める。ヨーロッパの古い劇場ほどの「見きれ」感は無く、「お得」感は十分だ。(ただ、申し込みは一回につき1枚なので、連れがいる場合はそれぞれに申込まなくてはいけない。運よく二人とも当選しても連番になる確率はかなり低いので、“お一人様”向けかもしれない。)

『ラインの黄金』ローゲの口車に乗ったアルベリヒが大蛇に姿を変えるシーン。撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
舞台のほうはというと、ゲッツ・フリードリヒによる演出、北欧デザイン風のミニマルなセットのもと、指輪を巡る長大な悲劇の幕開けを描く。映像等の仕掛けを駆使したル パージュ版とはかなり異なるが、シンプルなぶん、ワーグナーの曲のダイナミズム(指揮・飯守泰次郎)と歌手の声の厚みが際立ち、こちらはこちらで引き込まれる。問題の“指環”を神々が奪い取りにゆく場面では、舞台全体がせりあがるのと同時に、目障りに点滅し始める照明と耳障りな金属音で鍛冶場を象徴的に表現。“クラシック音楽世界”との異次元的なギャップが興味深い。
『ラインの黄金』撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
欲に突き動かされ、自己破滅に向かう神々の物語はそのまま人類の歴史のメタファーとなっているが、世界情勢が混迷し、日本もその一部であることを痛感させられることの多い昨今、その“予言”はかなりの距離の4階席までも、底知れぬ恐ろしさで包むものだった。公演は1017日まで。

2015年10月5日月曜日

Theatre Essay 観劇雑感「追憶の時代の犯罪劇」『黒いハンカチーフ』新国立劇場

『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
昭和30年代の新宿を舞台に、伝説の詐欺師の息子とその仲間たちが、殺された娼婦の敵を討つべく巨悪に挑む物語(作・マキノノゾミ)。どんでん返しにつぐどんでん返しがテンポよく運ぶ舞台は今回、“キャスティングの妙”が鮮明に浮かび上がる仕上がりとなっている。

「赤線」が象徴するように、まだ戦後の混とんが残っていた30年代。生き延びるために強烈な生命力が不可欠だった時代を表現するべく、もともと50代に年齢設定されていた主人公役には、20代 の矢崎広を起用。スレンダーな長身だが男らしい声を活かし、ドラマを前へと進めるパワーに満ちて頼もしい。
『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
他にも橋本淳や松田凌といった華のある若手や思い切りのいい浅利陽介が、作品の“勢い”を力強く補強。いっぽう本作初演で主人公を演じた三上市朗や伊藤正之、おかやまはじめらベテラン勢は舞台に厚みを、 “巨悪”役の鳥肌実や吉田メタルは意図的な過剰演技で“面白み”を加味。それぞれ面目躍如といったところだが、最も面白かったのが、さと子(漢字表記は不明)役のいしのようこだった。劇中は目立った活躍が無く、正直「なぜ彼女がこの役を?」と訝しみながら観ていると、最後の最後、彼女が去った後にその“正体”が判明する。なるほど、と納得しつつ劇中の人物像を振り返り、二度観したくなってくるという仕掛けだ。俳優ならば一度は演じてみたい、“美味しい”役どころではないだろうか。


『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
終盤の駅のシーンには有人改札が現れ、筆者は「そういえばちょっと前まで、改札といえばあんな光景だった」とはっとさせられた。もう少し上の世代の観客ならば、 他にも様々なディテールに懐かしさを抱くかもしれない。クールなジャズ・サウンドともども、観客のかすかな記憶を呼び覚まし、“昭和という、少し前の時代”への旅を楽しませる芝居でも、ある。(演出・河原雅彦)

2015年2月16日月曜日

Today's Report [travel] 子連れに(も)優しい、英国の美しい宿 Vol.4 ボウッド・ホテル


子連れに[]優しい、英国の美しい宿vol.4 Bowood Hotel  敷地内で「貴族の邸宅見学」「巨大公園での遊び」もできるスパホテル
ボウッド・ホテルの「The Talleyrand Suite」撮影:松島まり乃
カルコット・マナーは現地駐在員たちの間で「定宿」化するほど日本人にも知名度のある宿だが、コッツウォルズのもう一つの宿「ボウッド・ホテル」(http://www.bowood.org/bowood-hotel/)のほうは、まだまだ知られざる「穴場」。ランズダウン侯爵夫妻がその領地管理の一環として、ゴルフコースに隣接して09年に開業したスパ・ホテルだ。ゴルフコースの駐車場にはひっきりなしに車の出入りがあり、ゆとりのある英国人たちの間で人気の様子。ホテルのほうも現状はゴルフ客が多そうだが、チェックインして客室に入ると、コンテンポラリーなインテリアの部屋には幼児用のちっちゃなスリッパやガウン、絵本やアクティビティ・ブックなどが用意されていて、子供客も歓迎していることが伝わって来る。 

ボウッドのアドベンチャーランド。本格的な造りの海賊船で海賊ごっこが楽しめる。撮影・松島まり乃
このホテルに宿泊する最大の魅力は、同じ領地内で徒歩約20分の子供向け公園「アドベンチャーランド」と、その奥に位置する侯爵の邸宅&庭園。ホテルにチェックイン後、お散歩気分で「行楽」に行けてしまうのだ。アドベンチャーランドのスター遊具は、正式名称は不明だが“恐ろしく高い、滑り台付の櫓”だろう。細い丸太に縄で編まれたネットを張った櫓は3階建て住宅ほどの高さがあるが、子供たちはすいすい登り、嬉々として横伝いに移動してゆく。他にも大きな海賊船や船形のブランコなど、デザイン性の高い木製遊具が揃い、歓声を挙げながらめいっぱい体を動かしている子供たちの姿が微笑ましい。 


ボウッドの幼児向けのプレイエリアには、ミニトラクターや家畜たちとの触れ合いコーナーも。撮影:松島まり乃
手前にはもっと小さな子どもたちのための、ミニトラクターに乗ったり家畜たちと触れ合えるコーナーもある。またボールプールなどを設けたインドア式の遊び場もあり、天候にかかわらず遊ぶことができる。4歳の我が子も歩を進める度に現れる遊具に、大興奮しながら突進していた。

ランズダウン侯爵家が現在も居住する邸宅。手前の庭園はダイナミックな動物の彫像も特徴的。撮影:松島まり乃
アドベンチャーランドの奥にある邸宅には、実際に侯爵家族が住まい、その一部が公開されている。展示室には19世紀の詩人バイロンが写真撮影に用いた衣裳をはじめ、ナポレオンのデスマスクやイニシャル入りのハンカチ、先祖がトルコ帝国から寄贈されたダイヤの財宝など、さまざまな「お宝」が並んでいる。都会の博物館と異なり警備めいた堅苦しさはなく、個人的に侯爵に見せていただいているような空気が漂う。18世紀の庭園デザイナー、ケイパビリティ・ブラウンによる英国式庭園も人工の彫刻と花々、植え込みのバランスが絶妙で美しい。



(上)ブラッセリ―の子供用メニューはクイズ付。アドベンチャーランドの写真も盛り込まれていて、手作り感が楽しい。(下)カジュアル・メニューの定番、フィッシュ&チップス。揚げ加減が絶妙で、さくさくとした歯応え。 

さて、羊たちがのんびり草を食む牧場とゴルフコースを横断して再びホテルに戻り、別棟のブラッセリ―へ。ここはフォーマルではなくカジュアルな方のレストランだが、インテリアには個性的なものが選ばれ、クラス感は十分。案内された席には子供用に、塗り絵やクイズが印刷されたメニュー兼マットとクレヨンが用意されていた。子供メニューを見ると3コース(3品)で7.5ポンド。英国のいわゆる高級レストランでは「ありえない安さ」だ。娘がメインに選んだピザの皿にはサラダとフライドポテトも盛られ、ちょっとしたお子様ランチ風。親の方は英国の定番メニュー、フィッシュ&チップスを頼んでみると、巨大なサイズではあるがさっくりと揚がっていて、ぺろりとたいらげることができた。デザートのアイスクリームは3玉も盛られていて、さすがに体が冷えたため、客室に戻ってスペイシーなお風呂にゆっくり浸かり、ベッドへ。 

キッチンに自分で取りに行くスタイルの朝食。自分好みの「イングリッシュ・ブレックファースト」を作ることができる。
朝食はロビー奥のレストランで。温かい料理は奥のキッチンで作っていて、そこにビュッフェ形式で置かれているので「目玉焼きをもう一つ」「ベーコンは無し」と自分で調節できる。小ぶりのデニッシュ・ペストリー各種がそれぞれに美味しい。 

ゴルフコースを見晴らすスパ。撮影:松島まり乃
朝食後、まだ子ども入場可の時間帯だったので腹ごなしにスパのプールへ。ガラスの向こうはゴルフコースとなっていて、一面の緑に心が和む。4歳児は持ち込んだ浮き輪でぷかぷかと水遊び。我が家に続いて2組のファミリーがプールに現れ、室内にはしばし子どもたちの歓声が響いた。 

広々としたThe Talleyrand Suiteのバスルーム。撮影:松島まり乃
チェックアウトは11時。我が家はスパを選んだが、領地内のアドベンチャーランドでもう一度遊んだ後に宿を出るのも有りかもしれない。英国滞在の最終日に宿泊し、ここで存分に体力を消耗してからヒースロー空港(車で90分ほど)へ向かえば、子供は機内できっとぐっすり眠れることだろう。領地内にはクイーンウッド・ロッジというシェフ、バトラー(執事)付の貸切宿泊施設もあり、季節によってはホテルよりも割安のプランを出していることもある。(1月末現在、冬のキャンペーンとして一泊1120ポンドという破格プランが有る)。6~8名での貸切となるが、友人家族を誘ってひととき貴族気分を味わうのも良さそうだ。

2015年2月15日日曜日

Today's Report [travel] 英国きってのファッショナブル・アフタヌーン・ティー「バークレー・ホテル」


バークレー・ホテルのアフタヌーン・ティー。一人45ポンド、税、サービス料別。ドレス・コードは「エレガント・スマート・カジュアル」。(C) Marino Matsushima

英国ではたいがいの高級ホテルでアフタヌーン・ティーを提供しているが、テーブルウェアがモダンかクラシカルか、ティースタンドを使っているか否かといった違いはあっても、内容的にはそれほどの違いはない。

そんななかでひときわ個性的なアフタヌーン・ティーを出しているのが、ロンドンの五つ星ホテル「バークレー」だ。ハロッズやハーヴィー・ニコルズといったデパートもあるファッショナブルな土地柄ゆえか、彼らが提供するのは「プレタ・ポルティー」。ティースタンドに乗るスナックやスイーツは最新ファッションにインスピレーションを受けて作られ、定期的にメニューも更新されてゆくというものだ。

シンプルな外観のバークレー・ホテル(C)Marino Matsushima
ナイツブリッジ大通りを折れてすぐ、クリーム色のシンプルな建物がバークレー。サイズに比してエントランスはこじんまりとし、「表札」もごくごく小さい。うっかりすると見過ごしてしまいそうなたたずまいだが、出入りするドアマンのパリッとした姿と滑らかな動きから、ここが一流のホテルであることがすぐ見て取れる。

久々に(子連れでは初めて)出かけてみると、予約した13時にはすでに7割がたのテーブルが埋まっていた。アフタヌーン・ティーといえば15時というイメージが強いが、ここのティーのボリュームを知っているリピーターが多いのだろうか。昼食を兼ねて早目に訪れるゲストが多いようだ。ほぼ全員が女性客。

4歳児にプレゼントされたアクティビティ・ブックと色鉛筆。(C) Marino Matsushima
席に通されるとすぐさま、女性スタッフがアクティビティ・ブックと色鉛筆を持ってきてくれた。そういえば予約の際、子連れである旨を告げると「お子様にふさわしい準備をいたしますので、年齢と性別を」と尋ねられていたのだ。ブックにはバークレーの写真を盛り込んだクイズやロンドン関連の塗り絵、クイズなどが盛り込まれ、スタッフも楽しんで作ったのかな?と感じられる。この“準備”が功を奏し、4歳の娘はティーを楽しんだ2時間ほどの間、ずっとおとなしく座っていることができた。
ほどよい高さからティーストレイナーを通してお茶を注ぐ。(C) Marino Matsushima
着席するとまずはお茶のセレクト。ハーブティーを含め様々な種類が並ぶが、筆者はアールグレイ、家族はバークレーお勧めブレンドをオーダーしてみる。間もなくウェイターがポットを持って現れ、ティーストレイナーを使って一人一人のカップに注ぎ始めた。銀のストレイナーがカップの上にかすかな音とともに乗せられ、お茶を通した後にまたかすかな音とともに外される流麗な動きを眺める。なんとも贅沢なひとときだ。ほどよい温度のお茶をいただきながら、続いて現れたサンドイッチをまずはいただく。この一皿だけでもかなりのボリュームだ。
プリプリのエビやスモークサーモンが美味なるサンドイッチ。(C) Marino Matsushima
サンドイッチを食べ進めていると、満を持してといったていでティースタンドが運ばれてきた。カラフルでかわいらしいスイーツの乗ったその姿に、娘ならずとも思わず声が出る。一般的なアフタヌーンティーは下段がサンドイッチ、中段がスコーン、上段がケーキだが、ここでは下段が冷製スープやフィンガーフード、中段がケーキ、上段がクッキーとムース。ケーキは取りやすいよう、それぞれ小さく切った厚紙の上にのせてある。おかわり自由なので「かわいすぎて食べるのがもったいない」と躊躇する必要もなく、目に飛び込んだものから取り皿に移してゆく。
左がルブタンのハイヒール・クッキー。(C) Marino Matsushima
ひときわ鮮やかなピンクのフィンガーフードは、口に入れてみればゴートチーズというサプライズ。ミュウミュウのバッグ型チョコは、質感の異なるチョコを両側からペイントした板チョコで挟み込んだ形状で、もちろんハンドルもついている。和菓子の上菓子のような芸の細かさだ。そうこうしているとさきほどのウェイターが透明のスティックとメニューを持って現れ、ティースタンドやメニューを指示しながら解説を始めた。「こちらは14年秋冬コレクションをテーマとしておりまして、こちらのクッキーはクリスチャン・ルブタンの靴を模しており…」。すでに何度となく述べているらしく、てきぱきとした口調。それぞれにこだわりを持って作られたことが伝わり、よりひと品ひと品をゆっくり味わいたくなる。

スナックやスイーツをつまみながらおしゃべりをする間には、ほどよいところで「おかわりはいかが?」とウェイターが聞きにくるので、「1段目と2段目だけお願いします」とリクエスト。最後に余ったクッキーなどいわゆる「かわきもの」はこれまた色鮮やかなグリーンとピンクの紙バッグに入れ、お土産にして持たせてくれた。 
「おみやげ」バッグ。(C) Marino Matsushima
4歳児はかわいらしい形状のスイーツの数々に歓声を上げ、おなかが満たされてからはアクティビティ・ブックに夢中、と大満足のていであったが、和やかでありながらもどこか背筋の伸びるような、五つ星ホテル特有の空気を本能的に感じ取ったようで、大声を上げるでもなく、その場になじんでいた。どうやらお洒落に興味があるらしいので、もう少し大きくなれば、ウェイターさんのファッション解説にも真剣に聞き入るかもしれない。そういう点では、この「プレタ・ポルティー」は“大きな女子”はもちろん、とりわけ“小さな女の子連れ”ファミリーにお勧めできるアフタヌーン・ティーと言える。

2015年2月9日月曜日

Today's Report [travel] 子連れに(も)優しい、英国の美しい宿vol.3 カルコット・マナー

子連れに[]優しい、英国の美しい宿vol.3 Calcot Manor 
「子どもゲストのもてなし」を徹底した、「全ての客層を満足させる宿」

なだらかな丘陵地をのぞむ裏庭から見たカルコット・マナー (C) Marino Matsushima
コッツウォルズ南部の町テトベリーにほど近いブティック・ホテル、カルコット・マナー(http://www.calcotmanor.co.uk/)。この宿には10年以上前から何度か取材で訪れているが、ながらく「スパの充実した美しいホテル」という印象だった。 

それが一昨年、日経トレンディネットのために「子連れに優しい宿」記事を書く過程で数年ぶりに再訪し、驚いた。徹底してファミリー客をもてなす態勢が整っていたのだ。特に敷地内に建てられた一軒家の託児所はそのまま「保育園」と名乗っても良さそうな内容。ぜひ我が子も体験を、と思っていたところ、この度、家族で泊まる機会を得た。 


レンタカーをパーキングに入れ、子供とメイン棟のレセプションへと進むと、日本人らしき人々の姿が。口コミで広まっているのか、この宿ではなぜか訪問の度、ロンドン在住の駐在員一家とおぼしきファミリーを見かける。日本人好みの細やかなサービスが、彼らの間で評判となっているのかもしれない。チェックインをすると東欧訛りの長身のレセプショニストに連れられ、客室へ。私たちが通されたのはいかにも英国的な、二階建てのセミデタッチド・ハウス(1軒を二つに縦割りにした家)の離れだった。ゲートも前庭もあり、親戚の家を借りているかのような錯覚に陥る。ここでなら元気いっぱいの子連れでも周囲への騒音を気にする必要はなさそうだ。 

玄関から中に入ると、1階が大人用の寝室兼リビング+トイレ、2階が子供用の寝室とバスルームという間取り。これにキッチンさえ加われば、「住宅」としても通用しそうだ。階段の上下にはベビーゲートが設置され、子供の事故を防止。子供用の寝室の引き出しをあけると絵本や「モノポリー」などのゲームがいくつか入っていて、小学生以上なら2階にこもって「子供だけの時間」が楽しめそうだ。 

敷地内には海賊船を模した遊具もあるが、このホテル一番のセールスポイントと言えば、前述の託児所「プレイゾーン」。さっそく訪れると、この日は保育士が3名に対して乳児一人、1~2歳の幼児が2名。ほぼ一対一の状態で、子供の興味に併せ、保育士は声掛けをしてプラレールやおままごとなど、いろいろな遊びにつきあっていた。 
保育園さながらの「プレイゾーン」。2階にはDVDミニシアターやPCも。(C) Marino Matsushima
我が家の4歳児はめざとく螺旋階段にびっしりと掛けられていたコスチュームに目をつけ、「雪の女王のドレス着たい~」と意思表示。先生は「ああ、エルザのドレスね」と言いながら着せてくれ、娘は上機嫌でおもちゃの海へと繰り出した。しばらくは一人でおままごとや音の出るベビー玩具に興味を示していたが、やがて奥のテーブルで粘土遊びが出来ることに気づき、「せんせい、ねんどやりたい」とアプローチ。先生が英語で応答するのにも構わず日本語で話しかけていたが、そのうち「これでは通じない」とわかり、「eyes, eyes」「nose, nose」と知っている単語を総動員し、粘土で顔のパーツ作りを教えてもらっていた。この調子でしばらく先生に相手をしてもらえば、日本人の子どもにとってはちょっとした英語レッスンになる。旅のはじめに子供が「英語に慣れる」場としても、利用する価値はかなり高そうだ。 

館内にはフォーマルとカジュアル、二つのレストランがある。子連れの場合はパブ風で気楽なカジュアル・レストランを選ぶファミリーが多いそうだが、我が家は今回、フォーマル・レストランに挑戦してみた。フォーマルと言ってもガラス張りの室内は開放感に満ち、オープン時間(ディナーは19時)に予約すればまだ太陽も残っているので、コッツウォルズのなだらかな丘陵地を見晴らすことができる。

テーブルサイドで切り分けられる地元のオーガニック・ビーフは驚くほどフレッシュ。
ベアルネーズ・ソースとの相性も抜群。 £23 (C) Marino Matsushima
子どものオーダーでもテーブルでスープをサーブしたりと、大人と同じ扱いなのが嬉しく、子供メニューの「ソーセージ&マッシュドポテト」も日本人の感覚からすれば、十分な大人サイズ。食いしん坊の娘は嬉々として一生懸命、まだ慣れないナイフと格闘していた。大人のほうは「二人以上で」と指定されていた「地元オーガニックビーフ」のステーキを注文。焼き上がった大きな肉はテーブルサイドで切り分けられ、野菜とともに出されたが、厚めにスライスされた肉は筆者がこれまでに食べたことがないほどフレッシュで、感動的でさえあった。 

食後、離れに戻るとゆっくりとバスタイム。バスルームにごろんと置かれた優雅な浴槽に入り、ベビーシャンプーとともに用意されていたスポンジ型のアルファベットで、しばし子どもと遊ぶ。「“パパ”はどうやって作る?」「DAと…」「もう一個Dあったかな?」「あった~」。お風呂を出ると1階のダブルベッドに、一家三人、川の字になって潜り込んだ。 
美しく盛り付けられた朝食ビュッフェ。(C) Marino Matsushima
翌朝、昨夜と同じレストランに出かけると昨夜とは異なり、子供用にカラフルなプラスチック製の食器、カトラリーが用意されていた。朝は気楽に、といったところなのだろう。レストラン入口には自由にどうぞとばかりに、PCでダウンロードしたらしい塗り絵や色鉛筆が。ちょっとした待ち時間にも、子供たちが退屈しないための配慮がなされている。 

朝食はシリアルやヨーグルト、フルーツ、パンのビュッフェと、選択式の温かい料理。せっかくなのでイングリッシュ・ブレックファーストと行きたいところだが、前夜のディナーがボリューム満点だったため、我が家は大人がオムレツ、スモークサーモン、子供はパンケーキを注文した。パンケーキは薄手のクレープ状で、ビュッフェも楽しむことを考えれば、子供にはほどよい量だ。 
食後、ちょうど「子ども入場可」の時間となったのでスパのプールへと向かう。誰もいなかった温水プールには次々と家族連れが現れ、備え付けの魚の形をしたビート版を手に、水遊びを楽しみ始めた。我が子も日本から持参した浮き輪を使って水に入ったり、ビート版につかまってみたり。こんなふうに「子ども入場可」の時間が限定されていることで、ファミリー層も、静寂を楽しみたい他のゲストも互いに気兼ねが要らないのがいい。この屋内プールのほか、屋外プールやレンタサイクルもあり、近くの乗馬センターとの提携もしているので、親子での思い出づくりも様々に可能だ。
腹ごなしもできたところで、ゆっくりと荷造りをし、チェックアウト。レセプションでは子供にミネラルウォーターのペットボトルと板チョコの入った「お土産バッグ」のプレゼントが。最後まで子供の心をつかむ、心憎い宿なのだった。