2015年10月6日火曜日

Today's Report [Theatre]「壮大なオペラを、1620円で観る。」新国立劇場『ラインの黄金』

『ラインの黄金』撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
新国立劇場中劇場の取材をしていて、同劇場のオペラハウスで『ラインの黄金』が上演間近であることを思いだした。ロベール・ルパージュが演出したMET版(2010年)が今も鮮烈な印象を残す作品だ。新国立劇場には“Z席” という見切れ席が42席ある。そのうち32席については初日間近の指定日にネットで申込み、抽選で当選するとその場でクレジットカードにより、代金を引き落とし。当選者はメールで伝えら れた番号を当日、窓口で見せてチケットを受け取るというシステムだ。(残り10席と抽選販売残席に関しては公演当日にボックスオフィスで販売。オペラと同じくバレエもこのスタイルだが、演劇の場合、抽選ではなく当日窓口に直接赴き、先着順に購入することになっている。)


『ラインの黄金』地底の国ニーベルハイムの場面。4階席からは電飾の「DANGER」(危険)の頭が見切れ、「ANGER」(怒り)の文字のみ読めたが、アルベリヒの心象を示すものとして後者はすこぶる効果的に見えた。撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
申し込んだ日の
19時過ぎ、「当選しました」というメール連絡があった。当日、窓口で受けって初めて分った自分の座席番号は、433番。場内で探すと、列としては実質的には4階の10列目(後ろから2列目)、その左から2番目の席だった。左端が若干見切れ、舞台左右にある字幕ボードは右側のものしか見えないが、そのボードに表示される文字はすべて読める。ヨーロッパの古い劇場ほどの「見きれ」感は無く、「お得」感は十分だ。(ただ、申し込みは一回につき1枚なので、連れがいる場合はそれぞれに申込まなくてはいけない。運よく二人とも当選しても連番になる確率はかなり低いので、“お一人様”向けかもしれない。)

『ラインの黄金』ローゲの口車に乗ったアルベリヒが大蛇に姿を変えるシーン。撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
舞台のほうはというと、ゲッツ・フリードリヒによる演出、北欧デザイン風のミニマルなセットのもと、指輪を巡る長大な悲劇の幕開けを描く。映像等の仕掛けを駆使したル パージュ版とはかなり異なるが、シンプルなぶん、ワーグナーの曲のダイナミズム(指揮・飯守泰次郎)と歌手の声の厚みが際立ち、こちらはこちらで引き込まれる。問題の“指環”を神々が奪い取りにゆく場面では、舞台全体がせりあがるのと同時に、目障りに点滅し始める照明と耳障りな金属音で鍛冶場を象徴的に表現。“クラシック音楽世界”との異次元的なギャップが興味深い。
『ラインの黄金』撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
欲に突き動かされ、自己破滅に向かう神々の物語はそのまま人類の歴史のメタファーとなっているが、世界情勢が混迷し、日本もその一部であることを痛感させられることの多い昨今、その“予言”はかなりの距離の4階席までも、底知れぬ恐ろしさで包むものだった。公演は1017日まで。

2015年10月5日月曜日

Theatre Essay 観劇雑感「追憶の時代の犯罪劇」『黒いハンカチーフ』新国立劇場

『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
昭和30年代の新宿を舞台に、伝説の詐欺師の息子とその仲間たちが、殺された娼婦の敵を討つべく巨悪に挑む物語(作・マキノノゾミ)。どんでん返しにつぐどんでん返しがテンポよく運ぶ舞台は今回、“キャスティングの妙”が鮮明に浮かび上がる仕上がりとなっている。

「赤線」が象徴するように、まだ戦後の混とんが残っていた30年代。生き延びるために強烈な生命力が不可欠だった時代を表現するべく、もともと50代に年齢設定されていた主人公役には、20代 の矢崎広を起用。スレンダーな長身だが男らしい声を活かし、ドラマを前へと進めるパワーに満ちて頼もしい。
『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
他にも橋本淳や松田凌といった華のある若手や思い切りのいい浅利陽介が、作品の“勢い”を力強く補強。いっぽう本作初演で主人公を演じた三上市朗や伊藤正之、おかやまはじめらベテラン勢は舞台に厚みを、 “巨悪”役の鳥肌実や吉田メタルは意図的な過剰演技で“面白み”を加味。それぞれ面目躍如といったところだが、最も面白かったのが、さと子(漢字表記は不明)役のいしのようこだった。劇中は目立った活躍が無く、正直「なぜ彼女がこの役を?」と訝しみながら観ていると、最後の最後、彼女が去った後にその“正体”が判明する。なるほど、と納得しつつ劇中の人物像を振り返り、二度観したくなってくるという仕掛けだ。俳優ならば一度は演じてみたい、“美味しい”役どころではないだろうか。


『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
終盤の駅のシーンには有人改札が現れ、筆者は「そういえばちょっと前まで、改札といえばあんな光景だった」とはっとさせられた。もう少し上の世代の観客ならば、 他にも様々なディテールに懐かしさを抱くかもしれない。クールなジャズ・サウンドともども、観客のかすかな記憶を呼び覚まし、“昭和という、少し前の時代”への旅を楽しませる芝居でも、ある。(演出・河原雅彦)