『春日局』(2015年1月2日~23日・明治座)写真提供:明治座 |
今回の舞台は、橋田壽賀子が89年のNHK大河ドラマで手掛けた『春日局』の舞台版。戦乱の時代をようやく生き延び、それぞれに辛酸をなめてきた「ふく(高島礼子)」と「江与(一路真輝)」が、かたや将軍の嫡男竹千代(=徳川家光)の乳母(後の春日局)、かたや自分の手で彼を育てることを禁じられた生母として葛藤し、年月を経て和解してゆく様を描く。“ふくVS江与”のドラマはこれまでにも何度も小説や映像、演劇で取り上げられてきたが、本作でのそれは対等な“女二人のバトル”ではなく、ふくはあくまでも使用人で弱い立場。そんな彼女が家康からの「天下の和平を保てる人材を育てて欲しい」との言葉を支えに、誠心誠意、竹千代に尽くすことで状況が変わってゆく様を見せる。高島礼子がこのふく役をけなげに、つつましく演じ、そのきれいな所作もあいまって好感を抱かずにはいられない。いっぽう男優陣では家光役の金子昇が力強く、口跡明瞭。遊女に恋する場面での“若さゆえの向こう見ず”な風情もいい。
『春日局』写真提供:明治座 |
さらに後年、江与が自らの手で育てた次男の国千代が優秀な子に育ち、この子こそが世継ぎになるのではという噂が広まると、家康は隠居先から上京し、「あくまで竹千代が跡継ぎ」と宣言して再び江与を打ちのめす。
その理由として家康は「戦国の世なら家のためには優秀な世継ぎが必要だったが、平和な世となったからには“秩序”が第一」と語るのだが、国千代誕生の頃にこの話がなされていれば、江与も次男に過度な期待はしなかっただろう。こんな経緯が家族にわだかまりを残さぬはずもなく、江与とふくの“母”世代は和解に至るものの、子への影響は深刻だった。史実ではこの後、国千代長じて忠長は行動に問題ありとされ、兄の命によって自刃させられてしまうのだ。(劇中では描かれないが、秀忠が「国のためなら国千代を処分することも厭うな」と家光に言い置く台詞でそれを匂わせる)。家族の間であっても、いや家族だからこそ、言葉を尽くして理屈を通しておかねば遺恨が生じ、それは思いがけない悲劇を引き起こしかねない。それは時代、身分を問わずどの血縁関係にも該当するものなのだろう。家族のかかわりを描き続けてきた橋田ならではの、本作は示唆に富むドラマでもある。
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