2015年10月5日月曜日

Theatre Essay 観劇雑感「追憶の時代の犯罪劇」『黒いハンカチーフ』新国立劇場

『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
昭和30年代の新宿を舞台に、伝説の詐欺師の息子とその仲間たちが、殺された娼婦の敵を討つべく巨悪に挑む物語(作・マキノノゾミ)。どんでん返しにつぐどんでん返しがテンポよく運ぶ舞台は今回、“キャスティングの妙”が鮮明に浮かび上がる仕上がりとなっている。

「赤線」が象徴するように、まだ戦後の混とんが残っていた30年代。生き延びるために強烈な生命力が不可欠だった時代を表現するべく、もともと50代に年齢設定されていた主人公役には、20代 の矢崎広を起用。スレンダーな長身だが男らしい声を活かし、ドラマを前へと進めるパワーに満ちて頼もしい。
『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
他にも橋本淳や松田凌といった華のある若手や思い切りのいい浅利陽介が、作品の“勢い”を力強く補強。いっぽう本作初演で主人公を演じた三上市朗や伊藤正之、おかやまはじめらベテラン勢は舞台に厚みを、 “巨悪”役の鳥肌実や吉田メタルは意図的な過剰演技で“面白み”を加味。それぞれ面目躍如といったところだが、最も面白かったのが、さと子(漢字表記は不明)役のいしのようこだった。劇中は目立った活躍が無く、正直「なぜ彼女がこの役を?」と訝しみながら観ていると、最後の最後、彼女が去った後にその“正体”が判明する。なるほど、と納得しつつ劇中の人物像を振り返り、二度観したくなってくるという仕掛けだ。俳優ならば一度は演じてみたい、“美味しい”役どころではないだろうか。


『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
終盤の駅のシーンには有人改札が現れ、筆者は「そういえばちょっと前まで、改札といえばあんな光景だった」とはっとさせられた。もう少し上の世代の観客ならば、 他にも様々なディテールに懐かしさを抱くかもしれない。クールなジャズ・サウンドともども、観客のかすかな記憶を呼び覚まし、“昭和という、少し前の時代”への旅を楽しませる芝居でも、ある。(演出・河原雅彦)

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