2016年6月20日月曜日

Today's Report [Art] 「ヨーロッパ文化の源流を時系列で明示する、日本初の本格的古代ギリシャ展」東京国立博物館特別展『古代ギリシャ』



「クラシック時代」のアルテミス像(手前)とパルテノン神殿の浮彫復元(背後)。撮影:松島まり乃


芸術文化、学問、そして社会の在り方等幅広い分野においてその後のヨーロッパに大きな影響を与えた古代ギリシャ。その「初の」本格的展覧会が明日、東京国立博物館で開幕する。

紀元前2800~2300年ごろ、初期キュクラデス文明のスぺドス型女性像(大理石)は、現代アート風(?)のシェイプが興味深い。撮影:松島まり乃
彫像、壺、金製品等、ギリシャ各地から集めたという300点 あまりの品々は、ミノス文明、ミュケナイ文明…と時代ごとに展示され、観覧者は順路に沿って歩くだけで、紀元前数千年以降の壮大な旅を楽しむことができる。

ミノス文明の漁夫のフレスコ画。テラ島で出土したフレスコ画は、紀元前17世紀末の火山噴火で分厚い火山灰層の下に埋もれてしまったため、保存状態が良いという。まるで昨日描かれたような鮮やかさが目を奪う。撮影:松島まり乃
ギリシャ文明というととかくギリシャ神のリアルな彫像にイメージが限定されがちだが、太古の出土品は日本の埴輪にも通じる、素朴で抽象味を帯びた造形。またその後のミノス文明のフレスコ画は、紀元前17世紀のものであるにもかかわらず、火山灰に埋まっていたため保存状態がいいということで、まるで昨日描かれたような鮮やかさに驚かされる。

その後のヨーロッパ文化に大きな影響を与えたギリシャ演劇の仮面。右は「新喜劇用 繊細な若者」とのこと。キャラクターが類型化されていた点で、日本の能にも共通するものが見て取れる。撮影:松島まり乃
神殿の装飾を模し たアーチが来場者を出迎えたり、スポーツのコーナーでは古代競技の様子を再現した映像を映し出すなど、「体感型」展示にも配慮。子供の自由研究素材として もぴったりだが、全ての時代を通して見受けられるギリシャ文明の人間へのこだわり、いわば「人間主義」がありありと浮かび上がる本展は、人間よりも技術や物質が優先される現代に示唆を投げかけるものでもあり、全ての人にお勧めできる。


オリンピック・イヤーということで「古代オリンピック」のコーナーも。当時の競技を再現した映像も。撮影:松島まり乃
なお、本展の音声ガイド(貸出料金520円)には舞台や映像で活躍する俳優・市村正親が出演。単調になりがちな作品解説を豊かな表現力で膨らませ、聞かせてくれる。特にオデュッセイアが「葡萄酒色」の海に旅立つ様を、思い入れたっぷりに物語るボーナストラック33番は必聴だ。まずはこちらを聴いて古代ギリシャのロマンに浸ってから、展示に足を踏み入れてはいかがだろう。


ミュージアム・ショップではかなりの数の展覧会グッズが展開。ダジャレ入浴剤(?)はベストセラー成るか⁈ 撮影:松島まり乃
「古代ギリシャ展」2016年6月21日~9月19日=東京国立博物館

2016年6月17日金曜日

Today's Report [Hotel] 子連れに[も]優しい、英国の美しい宿vol.5 「英国の“伝統の甘味”が体験できるThree Ways House Hotel」


Three Ways House Hotel外観。はちみつ色の典型的なコッツウォルズ・ストーンで建てられている。(C)Marino Matsushima

英国随一の田園地帯コッツウォルズ北部に位置し、シェイクスピアの故郷ストラットフォード・アポン・エイヴォンからは車で10分の距離にある小さな村、ミクルトン。いくつかの小さなショップを除けば、あとは築100年以上のお屋敷ばかりの閑静な村の一角に、Three Ways Houseはある。コッツウォルズ名物のはちみつ色の石(コッツウォルド・ストーン)の屋敷は一見、こぢんまりとして見えるが、中に入ってみると左に右に、ちょっとした迷路のような作り。実は客室48室というから、立派な中型ホテルと言える。
ホテル内に7室あるプディング・ルームの一つ、チョコレートの間。ベッドはチョコレート・ボックスを模した作り。バスルームにはチョコレート素材のシャンプー・コンディショナーが置かれている徹底ぶり。(C)Marino Matsushima
オーナーのジルとサイモン夫妻が1995年に開業したこのホテルは、コッツウォルズ有数の観光地の一つヒドコート・マナー・ガーデンから最も近いホテル(徒歩20分、車で5分)…でもあるが、一般的にはそれより「The Pudding Club」(プディング・クラブ)の本拠地として有名だ。ホテルの開業より10年早い1985年、ジルたちミクルトン村の甘党たちが「英国の伝統デザート、プディング(蒸しケーキ。代表的なレシピはこちら)の味を守っていこう」との目的でクラブを創設。毎週金曜の夜に集まり、7つのプディングをたいらげ、人気投票を行っている。筆者はだいぶ以前にこのホテルでプディングを取材し、その“激甘”加減に驚いた記憶があるが、今回久々にこのホテルを訪れてみた。
手描きの絵柄が美しいサマー・プディングの間。(C)Marino Matsushima
前回はプディングだけの取材だったので客室まで見る機会は無かったが、今回は子連れで宿泊。受付からその迷路のような廊下を通り過ぎ、ホテルに7つあるというプディングをテーマにした客室の一つ、「Summer Pudding」に通された。ペール・ブルーにストロベリーやラズベリーなど、様々なベリーや小鳥、部屋のテーマでもあるサマー・プディングのレシピが手描きされた壁・天井が可愛らしく、乙女心を大いに刺激。鏡台にはハーブティーも含めて様々なティーバッグ、ネスプレッソも用意されていて、この部屋専用の小さなパティオでティータイムが楽しめる。
ホテル内バーの手書きのメニュー。(C)Marino Matsushima
この日はコース料理を食べるほど空腹ではなかったので、子連れでも気軽に入れる併設のバーに行ってみた。サンドイッチを注文すると、大皿でサラダとともにきれいに盛り付けられ、付け合わせのチップス(フライド・ポテト)は別のボウルに山盛りになって出てくる。地元の素材を出来るだけ使っているとのことで、味はフレッシュで美味だが、食べきれる量ではなく、残りは持ち帰り用に包んでもらった。
プディングの盛り合わせ。これで一人分だが、2,3人で取り分けてもいいかもしれない。(C)Marino Matsushima
しかしここに来てプディングを食べない法はない、ということで一皿、盛り合わせを頼むと、大きな皿にプディングが3切れ。おやつ大好きの子供の目がきらりと光り、どろっとした別添えのクリームをかけていただく。「おいしい~」と一口目は言うものの、珍しく「ママも食べる?」と勧めるわが子。子供にとっても一口で十分満足してしまう甘さだったようだ。もっちりとした食感自体は日本人にも何ら違和感はなく、翌日、オーナーのジルさんに聞いたところ、噂を聞きつけて食べにくる日本人も少なくないのだという。最近はパブなどでも普通のフランス風デザートをだす店が多い中、“伝統の味”を堪能できるこのホテルは貴重な存在だ。
ミクルトンの聖ローレンス教会。夕食後も夏の英国は散歩が楽しめる明るさ。(C)Marino Matsushima
夏の英国は日が長く、プディングを食べてもまだ外は明るい。腹ごなしに周辺を歩いてみると、はちみつ色の屋敷が連なる通りに一軒、不動産屋の「売り出し中」の看板が立っていた。築150年は超えているだろう邸宅はしばらく誰も住んでいなかったのか、アンティークな趣というより廃墟寸前の隠微な空気が漂っている。この次、ここを通りかかったらどんな空気に変わっているだろうか。
客室ドアにも遊び心が。(C)Marino Matsushima
宿に帰り、ラウンジで一息つく。ここには本やボードゲームなども無造作に置かれていて、ちょっと親戚の家に遊びに来たような雰囲気。スクラブル・ゲームに挑戦し、部屋に戻る。カモミール・ティーを飲んでぐっすりと睡眠。
自分好みのイングリッシュ・ブレックファーストが作れるセルフサービス式の朝食。(C)Marino Matsushima
翌朝、レストランに赴くと、シリアルや果物のみならず、ホットミールもセルフサービス。ソーセージ、ベーコン、ハッシュドポテト等を、自分好みの按配でイングリッシュ・ブレックファーストをいただけるという。それぞれにいい味で、丁寧に作られていることがわかる。子供は思わず「こんなにおいしい朝ごはん、たべたことなーい」と歓声をあげている。食後にヨーグルトを選んでいると、スタッフの若いお兄さんが「いちご味が一番だよ」と声をかけてくる。こういう気さくさ、親密さがカントリー・ホテルの良さだ。
盛り付け後のイングリッシュ・ブレックファースト。(C)Marino Matsushima
食後にオーナーのジルさんの案内で庭を歩く。樹木の若い果実をしきりにもぎたがり、「Don’t pick up? Why?」と尋ねる娘に、「It’s too sour.」とすっぱそうな顔を作り、優しく諭すジルさん。なんでもまもなく彼女のお嬢さんが結婚式を挙げることになっており、ちょうどお嬢さんが娘ぐらいの年の頃を思い出していたところだったのだという。ブティックホテルの中には、子連れ客を歓迎しない宿もあるが、ここではそういった心配は無い。「他のお客様たちのご理解がありますから」とジルさんは言うが、それは彼女自身のゆったり、穏やかな人柄によるところも大きそうだ。チェックアウト前に曇天の中もう一度村を散策、パブと保育園、小学校の存在を確認し、静かなミクルトン村を後にした。
ホテルのオーナー、ジルさん。気さくで優しい彼女のオーラがそのままホテルの心地よさに反映されている。(C)Marino Matsushima

2016年5月7日土曜日

Theatre Essay 観劇雑感「初夏に相応しい、爽やかな人情時代劇」『御宿かわせみ』(2016.5.3明治座)

『御宿かわせみ』写真提供:明治座



平岩弓枝の時代小説『御宿かわせみ』の舞台版が3日、明治座で開幕した。大川端の旅籠「かわせみ」を舞台に、武家の次男坊・東吾と宿の女主人・るいの恋模様と、彼らが遭遇する数々の事件簿を掛け合わせた内容が人気となり、これまで何度も映像や舞台で取り上げられてきた作品だ。1980~83年のNHKドラマ版(真野響子・小野寺昭主演)ではしっとりとした風情が視聴者を魅了したが、2003~05年までのNHKドラマ版でコンビを組んだ中村橋之助、高島礼子が主演する今回の舞台では、小劇場出身で、近年ミュージカルでも活躍する演出家G2が脚本・演出を手掛け、小劇場からAKB48まで、様々なバックグラウンドを持つ俳優たちが共演。原作の上品な味わいはそのままに、カラフルで躍動感のある舞台に仕上がっている。
『御宿かわせみ』写真提供:明治座


G2によれば今回、長大な原作を舞台化するにあたっては、シリーズの中でも特に人気の5エピソードを抽出。身分違いのためになかなか一緒になれない東吾・るいの恋物語にそれら5本のエピソードを織り込み、1本の台本に編み上げたという。盛りだくさんの内容ゆえ、見ている側は時折“今の固有名詞は、どの事件のものだったかな…”と迷ったりもするが、次々に何事かが起こるのは“旅籠”という場所に似つかわしく、飽きさせない。人情時代劇らしくクライマックスには母子の情愛エピソードで観客の涙を誘い、幕切れには東吾とるいの“将来”をポジティブに匂わせることで、爽やかな余韻漂う構成となっている。過去の出来事が言及されるたびに「かわせみ」一階の奥の間でその情景が再現される演出も、幅広い客層を対象とする商業演劇としてはわかりやすく、効果的だ。
『御宿かわせみ』写真提供:明治座


そうした演出上の工夫のいっぽうで、多彩なキャストはそれぞれに安定感と茶目っ気溢れる演技を披露。特に花道から傘をかざし登場する冒頭、一瞬にして主人公 の風格を醸し出す橋之助が流石だ。恋人るいの前では溌剌とした動きを見せ、“やんちゃな次男坊”が甘えている風情。役者として、所作にしても台詞回しにしても引き出しが豊かであることの強みを感じさせる。るい役・高島礼子はもともとの清潔な持ち味に加え、今回は子供たちとの絡みで情味をプラスし、共感を呼ぶ。
『御宿かわせみ』写真提供:明治座

二枚目の青年医師にユーモアも滲ませる柳下大、恋に一途な武家の娘をきりりと演じる朝海ひかる、誠実そのものの同心・畝源三郎役、高橋和也らも適役だが、強烈なインパクトを残すのが東吾の兄で南町奉行与力・神林通之進を演じる西村雅彦。かつて小劇場で活躍し、コミカルな演技に定評のある彼だが、今回は通常、ベテラン俳優が風格を漂わせて演じるタイプの役とあってか、現代劇での発声とは明らかに異なる義太夫風の声を作りこみ、“やりすぎ”すれすれ?というほどのデフォルメを効かせながら発声。思わずプログラムで配役を再確認してしまうほどの“別人”ぶ りで、予定調和になりがちな商業演劇公演に新鮮な風を吹かせている。
初日の公演終了後、募金呼びかけの後での囲み取材。(C)Marino Matsushima
初日のこの日は終演後、メインキャストがロビーに立って熊本大地震への募金を呼び掛け。全員との握手会の様相を呈していて、気さくな高島、エレガントな紺野美沙子(通之進の妻役)など役柄をそのままスライドさせたようなたたずまいが興味深かったが、終了後に橋之助、高島はそれぞれ「友人の子も被災していて胸が痛い。何かできることがあればと思うが、今日は(募金に応じた人々から)優しさをもらった。それを糧に明日から私たちも精進したい」「こういう時に役者は何もできないと感じるが、“明日は我が身”と思い、できるだけお力になりたい」とコメント。こうした活動がごく自然な流れに見える点でも、人情時代劇らしさ溢れる公演となっている。

2015年11月2日月曜日

Today’s Report [film]「伝統的世界」と「現代社会」の衝突から生まれる、若い女の悲劇『ガールズ・ハウス』(東京国際映画祭)

『ガールズ・ハウス』
文芸ものからミステリーまで、様々な作品が揃った今年の東京国際映画祭コンペティション部門。結果的には無冠に終わったがぜひ記憶にとどめたい作品が、イランのシャーラム・シャーホセイニ監督による『ガールズ・ハウス』だ。

映画は二人の女子大生が翌日の友人の結婚式に備え、いそいそと買い物をするシーンから始まる。ドキュメンタリーさながらの、友人同士、店員との他愛無いやり とり。買い物に夢中になり、暗くなってから寮に帰宅すると携帯電話が鳴り、結婚式の中止が伝えられる。“花嫁は死んだ”という、匿名のその声。衝撃を受けた二人が翌日彼女の家を尋ねると、父親は沈痛な面持ちで出迎えたが、明らかに何かを隠している。友人にはいったい何が起こったのか。二人は真実を知ろうとするのだが…。

一般的なハリウッド映画であれば、このまま彼女たちが主人公として、真相に迫ってゆく姿が軸となるだろう。しかし本作はここで画面を切り替え、悲しみに暮れる父親、彼が「娘を殺したのではないか」と疑う婚約者、花嫁、そしてその妹へと次々と「主人公」を変えながら、一つの真実に辿り着く。花嫁の死が決して単 純なものではなく、この国における女性のあり方を巡る異なる価値観、あるいは「伝統的世界」と「現代世界」の衝突から生まれた悲劇であることが判明したと き、観客は改めて本作の主人公が「物語に登場する全員」でなければならなかったことに納得が行き、“次なる犠牲者になりうる人物”が大写しされるラストが、苦い余韻をもって脳裏に焼き付くことになる。

監督も「この物語はまだ終わっていない」とコメントしている通り、本作が扱うのは簡単には答えの見つからない、デリケートなテーマだ。戦争のような人類規模の問題に比べれば、それは国際的な関心度という意味ではどうしても二の次になる。だからこそ映画という媒体を通して今、この問題を伝えていかなければ…。そんな監督や作り手たちの思いがこれ以上ないほどストレートに、重みを持って伝わってくる作品である。


2015年10月6日火曜日

Today's Report [Theatre]「壮大なオペラを、1620円で観る。」新国立劇場『ラインの黄金』

『ラインの黄金』撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
新国立劇場中劇場の取材をしていて、同劇場のオペラハウスで『ラインの黄金』が上演間近であることを思いだした。ロベール・ルパージュが演出したMET版(2010年)が今も鮮烈な印象を残す作品だ。新国立劇場には“Z席” という見切れ席が42席ある。そのうち32席については初日間近の指定日にネットで申込み、抽選で当選するとその場でクレジットカードにより、代金を引き落とし。当選者はメールで伝えら れた番号を当日、窓口で見せてチケットを受け取るというシステムだ。(残り10席と抽選販売残席に関しては公演当日にボックスオフィスで販売。オペラと同じくバレエもこのスタイルだが、演劇の場合、抽選ではなく当日窓口に直接赴き、先着順に購入することになっている。)


『ラインの黄金』地底の国ニーベルハイムの場面。4階席からは電飾の「DANGER」(危険)の頭が見切れ、「ANGER」(怒り)の文字のみ読めたが、アルベリヒの心象を示すものとして後者はすこぶる効果的に見えた。撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
申し込んだ日の
19時過ぎ、「当選しました」というメール連絡があった。当日、窓口で受けって初めて分った自分の座席番号は、4階3列3番。場内で探すと、列としては実質的には4階の10列目(後ろから2列目)、その左から2番目の席だった。左端が若干見切れ、舞台左右にある字幕ボードは右側のものしか見えないが、そのボードに表示される文字はすべて読める。ヨーロッパの古い劇場ほどの「見きれ」感は無く、「お得」感は十分だ。(ただ、申し込みは一回につき1枚なので、連れがいる場合はそれぞれに申込まなくてはいけない。運よく二人とも当選しても連番になる確率はかなり低いので、“お一人様”向けかもしれない。)

『ラインの黄金』ローゲの口車に乗ったアルベリヒが大蛇に姿を変えるシーン。撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
舞台のほうはというと、ゲッツ・フリードリヒによる演出、北欧デザイン風のミニマルなセットのもと、指輪を巡る長大な悲劇の幕開けを描く。映像等の仕掛けを駆使したル パージュ版とはかなり異なるが、シンプルなぶん、ワーグナーの曲のダイナミズム(指揮・飯守泰次郎)と歌手の声の厚みが際立ち、こちらはこちらで引き込まれる。問題の“指環”を神々が奪い取りにゆく場面では、舞台全体がせりあがるのと同時に、目障りに点滅し始める照明と耳障りな金属音で鍛冶場を象徴的に表現。“クラシック音楽世界”との異次元的なギャップが興味深い。
『ラインの黄金』撮影:寺司 正彦/提供:新国立劇場
欲に突き動かされ、自己破滅に向かう神々の物語はそのまま人類の歴史のメタファーとなっているが、世界情勢が混迷し、日本もその一部であることを痛感させられることの多い昨今、その“予言”はかなりの距離の4階席までも、底知れぬ恐ろしさで包むものだった。公演は10月17日まで。

2015年10月5日月曜日

Theatre Essay 観劇雑感「追憶の時代の犯罪劇」『黒いハンカチーフ』新国立劇場

『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
昭和30年代の新宿を舞台に、伝説の詐欺師の息子とその仲間たちが、殺された娼婦の敵を討つべく巨悪に挑む物語(作・マキノノゾミ)。どんでん返しにつぐどんでん返しがテンポよく運ぶ舞台は今回、“キャスティングの妙”が鮮明に浮かび上がる仕上がりとなっている。

「赤線」が象徴するように、まだ戦後の混とんが残っていた30年代。生き延びるために強烈な生命力が不可欠だった時代を表現するべく、もともと50代に年齢設定されていた主人公役には、20代 の矢崎広を起用。スレンダーな長身だが男らしい声を活かし、ドラマを前へと進めるパワーに満ちて頼もしい。
『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
他にも橋本淳や松田凌といった華のある若手や思い切りのいい浅利陽介が、作品の“勢い”を力強く補強。いっぽう本作初演で主人公を演じた三上市朗や伊藤正之、おかやまはじめらベテラン勢は舞台に厚みを、 “巨悪”役の鳥肌実や吉田メタルは意図的な過剰演技で“面白み”を加味。それぞれ面目躍如といったところだが、最も面白かったのが、さと子(漢字表記は不明)役のいしのようこだった。劇中は目立った活躍が無く、正直「なぜ彼女がこの役を?」と訝しみながら観ていると、最後の最後、彼女が去った後にその“正体”が判明する。なるほど、と納得しつつ劇中の人物像を振り返り、二度観したくなってくるという仕掛けだ。俳優ならば一度は演じてみたい、“美味しい”役どころではないだろうか。


『黒いハンカチーフ』撮影:阿部章仁
終盤の駅のシーンには有人改札が現れ、筆者は「そういえばちょっと前まで、改札といえばあんな光景だった」とはっとさせられた。もう少し上の世代の観客ならば、 他にも様々なディテールに懐かしさを抱くかもしれない。クールなジャズ・サウンドともども、観客のかすかな記憶を呼び覚まし、“昭和という、少し前の時代”への旅を楽しませる芝居でも、ある。(演出・河原雅彦)

2015年2月16日月曜日

Today's Report [travel] 子連れに(も)優しい、英国の美しい宿 Vol.4 ボウッド・ホテル


子連れに[も]優しい、英国の美しい宿vol.4 Bowood Hotel  敷地内で「貴族の邸宅見学」「巨大公園での遊び」もできるスパホテル
ボウッド・ホテルの「The Talleyrand Suite」撮影:松島まり乃
カルコット・マナーは現地駐在員たちの間で「定宿」化するほど日本人にも知名度のある宿だが、コッツウォルズのもう一つの宿「ボウッド・ホテル」(http://www.bowood.org/bowood-hotel/)のほうは、まだまだ知られざる「穴場」。ランズダウン侯爵夫妻がその領地管理の一環として、ゴルフコースに隣接して09年に開業したスパ・ホテルだ。ゴルフコースの駐車場にはひっきりなしに車の出入りがあり、ゆとりのある英国人たちの間で人気の様子。ホテルのほうも現状はゴルフ客が多そうだが、チェックインして客室に入ると、コンテンポラリーなインテリアの部屋には幼児用のちっちゃなスリッパやガウン、絵本やアクティビティ・ブックなどが用意されていて、子供客も歓迎していることが伝わって来る。 

ボウッドのアドベンチャーランド。本格的な造りの海賊船で海賊ごっこが楽しめる。撮影・松島まり乃
このホテルに宿泊する最大の魅力は、同じ領地内で徒歩約20分の子供向け公園「アドベンチャーランド」と、その奥に位置する侯爵の邸宅&庭園。ホテルにチェックイン後、お散歩気分で「行楽」に行けてしまうのだ。アドベンチャーランドのスター遊具は、正式名称は不明だが“恐ろしく高い、滑り台付の櫓”だろう。細い丸太に縄で編まれたネットを張った櫓は3階建て住宅ほどの高さがあるが、子供たちはすいすい登り、嬉々として横伝いに移動してゆく。他にも大きな海賊船や船形のブランコなど、デザイン性の高い木製遊具が揃い、歓声を挙げながらめいっぱい体を動かしている子供たちの姿が微笑ましい。 


ボウッドの幼児向けのプレイエリアには、ミニトラクターや家畜たちとの触れ合いコーナーも。撮影:松島まり乃
手前にはもっと小さな子どもたちのための、ミニトラクターに乗ったり家畜たちと触れ合えるコーナーもある。またボールプールなどを設けたインドア式の遊び場もあり、天候にかかわらず遊ぶことができる。4歳の我が子も歩を進める度に現れる遊具に、大興奮しながら突進していた。

ランズダウン侯爵家が現在も居住する邸宅。手前の庭園はダイナミックな動物の彫像も特徴的。撮影:松島まり乃
アドベンチャーランドの奥にある邸宅には、実際に侯爵家族が住まい、その一部が公開されている。展示室には19世紀の詩人バイロンが写真撮影に用いた衣裳をはじめ、ナポレオンのデスマスクやイニシャル入りのハンカチ、先祖がトルコ帝国から寄贈されたダイヤの財宝など、さまざまな「お宝」が並んでいる。都会の博物館と異なり警備めいた堅苦しさはなく、個人的に侯爵に見せていただいているような空気が漂う。18世紀の庭園デザイナー、ケイパビリティ・ブラウンによる英国式庭園も人工の彫刻と花々、植え込みのバランスが絶妙で美しい。



(上)ブラッセリ―の子供用メニューはクイズ付。アドベンチャーランドの写真も盛り込まれていて、手作り感が楽しい。(下)カジュアル・メニューの定番、フィッシュ&チップス。揚げ加減が絶妙で、さくさくとした歯応え。 

さて、羊たちがのんびり草を食む牧場とゴルフコースを横断して再びホテルに戻り、別棟のブラッセリ―へ。ここはフォーマルではなくカジュアルな方のレストランだが、インテリアには個性的なものが選ばれ、クラス感は十分。案内された席には子供用に、塗り絵やクイズが印刷されたメニュー兼マットとクレヨンが用意されていた。子供メニューを見ると3コース(3品)で7.5ポンド。英国のいわゆる高級レストランでは「ありえない安さ」だ。娘がメインに選んだピザの皿にはサラダとフライドポテトも盛られ、ちょっとしたお子様ランチ風。親の方は英国の定番メニュー、フィッシュ&チップスを頼んでみると、巨大なサイズではあるがさっくりと揚がっていて、ぺろりとたいらげることができた。デザートのアイスクリームは3玉も盛られていて、さすがに体が冷えたため、客室に戻ってスペイシーなお風呂にゆっくり浸かり、ベッドへ。 

キッチンに自分で取りに行くスタイルの朝食。自分好みの「イングリッシュ・ブレックファースト」を作ることができる。
朝食はロビー奥のレストランで。温かい料理は奥のキッチンで作っていて、そこにビュッフェ形式で置かれているので「目玉焼きをもう一つ」「ベーコンは無し」と自分で調節できる。小ぶりのデニッシュ・ペストリー各種がそれぞれに美味しい。 

ゴルフコースを見晴らすスパ。撮影:松島まり乃
朝食後、まだ子ども入場可の時間帯だったので腹ごなしにスパのプールへ。ガラスの向こうはゴルフコースとなっていて、一面の緑に心が和む。4歳児は持ち込んだ浮き輪でぷかぷかと水遊び。我が家に続いて2組のファミリーがプールに現れ、室内にはしばし子どもたちの歓声が響いた。 

広々としたThe Talleyrand Suiteのバスルーム。撮影:松島まり乃
チェックアウトは11時。我が家はスパを選んだが、領地内のアドベンチャーランドでもう一度遊んだ後に宿を出るのも有りかもしれない。英国滞在の最終日に宿泊し、ここで存分に体力を消耗してからヒースロー空港(車で90分ほど)へ向かえば、子供は機内できっとぐっすり眠れることだろう。領地内にはクイーンウッド・ロッジというシェフ、バトラー(執事)付の貸切宿泊施設もあり、季節によってはホテルよりも割安のプランを出していることもある。(1月末現在、冬のキャンペーンとして一泊1名120ポンドという破格プランが有る)。6~8名での貸切となるが、友人家族を誘ってひととき貴族気分を味わうのも良さそうだ。