19世紀に日本に滞在したアメリカ人のコレクションを中心に、5万点という世界最大の浮世絵収蔵数を誇るボストン美術館。作品保存の観点から、現地でさえほとんど公開されることのなかった名作の数々が、数回に分けて「里帰り」することになった。今回はその第二弾である。
2008年の第一弾では、江戸から明治にかけての名作が時系列でグループ分けされ、黎明期からの浮世絵の変遷が分かりやすく紹介されていた。寄託当初から保存が重視されていただけあり、公開された作品はまるで、つい先刻刷られたかとみまごう色鮮やかさ。それも現代の印刷物では見かけないような、独特の深みのある赤や青、黄色だ。江戸の人々はこういう色を愛でていたのか、とその鮮やかさは衝撃的ですらあった。
今回の展示では時代を絞り込み、浮世絵の黄金時代と言われる天明・寛政(1781~1801)期をピックアップ。このころ活躍した鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽らの作品を紹介している。
色鮮やかさ、という点からすると、今回は浮世絵の代表的な作家たちによる、公開頻度の多い作品が選ばれているということもあって、色味はやや落ち着いており、前回のような「驚き」は少ない。
だが、今回は題材的に役者絵が多く、少し歌舞伎を見慣れた人なら聞いたことがあるだろう、瀬川菊之丞、中村仲蔵といった伝説の役者たちが、「鏡山」「忠臣蔵七段目」「重の井子別れ」などの人気演目の役に扮した像を、間近に見ることができる。これらの肖像は役者を美化するよりもむしろ、「男」が「女」や「子供」を演じることのグロテスクさを誇張して描写され、写真以上の生々しさを持って見る者に迫ってくる。歌舞伎ファンにとっては、時空を超え、名役者たちの存在をリアルに感じることのできる、貴重な機会だと言えるだろう。
主催者もこの点に着目したらしく、展覧会音声ガイドは歌舞伎役者の市川亀治郎が担当。歌舞伎の固有名詞が多いとあって、読み上げる彼の声も心なしか、楽しそうだ。この音声ガイド、入口で借りた機械を操作し、展示作品を見ながら解説をイヤフォンで聞くというもの。他の観覧者をかき分け、文字の小さな展示作品横の説明プレートを覗き込むストレスから解放される、お勧めアイテムだ。
この日、記者たちにギャラリー内の主だった作品解説を行ったのはボストン美術館浮世絵版画室室長のセーラ・トンプソン。日本語の堪能な、米国屈指の浮世絵研究者だ。こういった「ギャラリートーク」ではアカデミックに「…とされている」「…と言われている」と客観的事実のみが語られるのがふつうだが、セーラは解説の途中に「私が特に好きな作品なんですが」とさしはさんでは嬉しそうに笑う。3年前の来日でインタビューした際、彼女は学生時代、現地の画廊からの依頼で浮世絵の外題を解読するバイトを1点1ドルで請け負い、これが非常に漢字や固有名詞の勉強になったと話していた。
彼女のような「浮世絵オタク」が代々、いてくれたことで、日本から遠いボストンの地で100年以上の長きにわたり、多くの宝、そして現代では失われてしまった江戸の極彩色が、大切に保存されてきたのだろう、と思う。
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